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一自民党員から観た自民党総裁選挙-2021年9月25日

9月1日
菅総理 突然の変節
昨日まで自民党総裁選→衆議院総選挙(任期満了)だと報じられていたが、今朝の新聞では9月中の内閣改造人事(党三役を含めて)をする。その後、臨時国会を召集して衆議院の解散、そして総選挙は10月17日の予定。自民党の総裁選挙は、新しく選ばれた自民党の衆議院議員を含めて行う。多分10月末、或いは11月上旬。この予定表に対して菅総理の「個利個欲」だと党内から批判が、反対意見が噴出する。そんな事をすれば自民党が終わってしまう。殿のご乱心と大反対の叫び声。
9月2日
「解散はない」と明言する羽目に陥った。三木おろしならぬ「菅おろし」の大合唱。海部さんも解散権を封じられた。解散するには閣僚の辞任の署名がいるのだ。内閣改造で内閣支持率再浮上を図ろうにも誰も「菅どろぶね」に乗ろうとしない。一緒に沈んでしまう。
菅総理は自分の仕事が充分に理解して貰えなくても、納得して貰えなくてもひたむきにコロナ対策をやっていればよかったのだ。オリンピックも無事に、イヤ大成功裏に終わることが出来たじゃないか。策士策に溺れたのかな。
 いち早く立候補を表明した岸田さんの思いきった提言が効果的だった。党三役は一期一年、三期まで。二階幹事長封じ。「妙手ではあったが、二階さんに恨まれた」
党役員人事を白紙化(幹事長の引き受け手を無くす)
コロナ対策の発表
 健康危機管理庁
 予約の要らないPCR検査センター
 野戦病院・・医療難民をゼロ

菅総理の3大失敗
 二階幹事長の突然の更迭要求
 不意打ちの9月の内閣改造と10月の衆議院解散そして総裁選挙。
          しかしリークされて撤回する羽目に陥った。
9月3日
菅総理の辞任表明
 菅総理が午前中の記者会見で総裁選に立候補しないことを表明。自民党総裁選を9月末に行い、9月末に総辞職。
10月上旬に国会を召集して首班指名。組閣して解散。
あれだけ、続投にやる気満々だった菅総理の突然の不出馬の表明は衝撃的だった。
これで次期総裁選の予想は全く分からなくなった。
菅総理大臣は、 世襲ではない地方{秋田}から立身出世した仕事人・苦労人・しかも無派閥。孤立無援ではないが、烏合の衆の集団政治屋ではないところが魅力だった。それが、出出しの高支持率だったはずだ。ところが、その中身はチョット期待はずれだった。鷹揚さがなかった。田中角栄的資質が少なかった。他人の苦労話に一緒になって泣ける人ではなかった。浪花節的精神がなかった。何よりもこのコロナ禍での孤独な首相だったことが低迷する支持率の根本的な原因だろう。官僚任せではない、自分の政治を目指した政治家だったことは事実である。
好みの政治家ではなかったが、評価はしていた。
9月7日
自民党丸出しの総裁選挙
滑り出し極めて順調だった岸田さんは「阿倍前総理の負の遺産」について国民の納得を得られるまで説明と発言した。・・・キングメーカーを目指している阿倍さんの怒りを買う。その怒りに恐れをなして、森友の再調査はしないと改めて表明。
武市早苗・・・立候補するの?ぐらいに思っていた泡沫候補だったが阿倍さんの積極的全面支持を得てドンドン勢力を伸ばしている。事実上の阿倍派の旗揚げ。保守グループの支援を得ている。
河野さん   国民的人気が高い。が、悪く言えば嘘つき、言いたい放題。ワクチンの供給のことでは大部翻弄された。スタンドプレーが多い。東日本大震災前{福島原発事故)から原子力発電廃止論者。異端者としてふるまい、それが世間に受けて面白がられてきた。だが、阿倍・森を筆頭とする塔の長老達に『あいつを首相にした国がめちゃめちゃになる」と批判されている。すっかり河野さんの毒舌はなりを潜めている。


小泉環境大臣、石破元幹事長グループからの支援。だだし、党内には石場アレルギーがある。脱河野が結構出るだろう。
それでも総選挙がある以上、国民的人気があり、50代である河野さんの可能性が高いだろうね。岸田さん、残念ですね。菅さんとの一騎打ちだったら充分に勝ち目があっただろうが・・・。
9月16日
河野さんは石破さんの応援も仰ぐとした。石破嫌いが多いので、脱河野が出る。それは危険だ。だが河野ー岸田ー髙市の戦いならば、第1回目で決着がつく。党員人気が高い河野・石破連合が勝つ。これに小泉さんが応援すれば間違いない。菅総理も河野さんの支持を表明する。神奈川県仲良し連合。子石河連合{小泉・石破・河野}+菅総理
総括すれば「反阿部連合」というところかな。
こうなると「阿部色-反安倍色」の戦い。
最後になって二階さんが応援して野田聖子が4人目の立候補を果たした。4回目の挑戦で始めて正式立候補です。こうなると一回目の過半数は難しい。決戦は河野VS岸田になるかな。明日の告示が楽しみですね。
17日
河野太郎
祖父{河野一郎)、父親{河野洋平}がなれなかった総理の椅子です。三度目の正直で椅子に座れるでしょうか!
祖父河野一郎は1964年の東京オリンピックの時の建設大臣で、突貫工事で首都高速を間に合わせた豪腕の党人派の政治家。オールバックの髪型で小柄な人だった。胸部大動脈瘤の破裂で急死されたと記憶している。
父親の河野洋平は、自由民主党の総裁にはなりましたが、内閣総理大臣にはなれませんでした。1993年3月から19995年8月まで総裁を務めましたが、その当時の日本の政権担当は非自民・非共産連合政権(細川・羽田総理大臣)とそれに引き続く自社さ(きがけ)連合政権(村山総理大臣  そして河野副総理大臣)でした。自由民主党が始めて下野した時です。2004年にはC型肝炎からの末期肝硬変状態に陥り、息子の太郎から生体肝移植を受けています。現在体調は良好のようです。
 菅総理は河野さんを押しました。決起集会では小泉環境大臣と石破さんが二枚看板です。
反河野の4A{阿部・麻生・甘利・青木参議院)
野田聖子
森友学園・加計学園問題の再調査を約束する。『桜の会』についても党内の調査委員会の設置を提案。閣僚の半分は女性に、官房長官と幹事長は女性が適任ですね、女系天皇容認、選択的夫婦別姓制度支持者。何を叫ぼうが獲得出来る議員票は20票だけだろう。地方票も岐阜県以外では無理だろう。万が一にも当選するはずがないから、どんな発言にも誰も目くじらを立てない。河野一郎が一回目の選挙で過半数を獲得するのを阻止するのが第一の役目かな。でも本人は当落に関係なく自民党総裁選挙に出ることに、自分の常日頃の主義・主張を充分に主張することに大きな意義を見つけている。でも私は彼女の意見に同調するところが大きい。
例えば、子どもに関する政策について「世界中の投資家は、この国が持続可能かどうか見ており、毎年70万人程度も子どもが産まれてこない国家は持続可能だと見なされない。集中的に投資して巻き返すという、大きなアジェンダとして取り組むべきだ」
子どもに関する政策を一元的に管理する「こどもまんなか庁」の設立などを掲げた。女性政策や少子化対策を前面に出した。
「(他候補の政策提言に)持続可能な国を担う子どもがセンターに置かれていないことに恐怖を感じました。
思い切った発言だと感心しました。岐阜県選出の国会議員であり、野田卯一の外孫にあたる(父親の「島」の姓から養子縁組をして「野田」の姓をついだ。)こともあり応援をしてきた。私のブログでも2回ほど彼女のことを紹介してきた。
 2017年4月7日に書いた『医療的ケアー児の母として』
 これは加茂医師会の新春の講演会の内容の紹介です。野田聖子は定番のブルーのスーツでした。信念を持って滔々と、熱く自分のこれまでの戦いを語られました。私は思わず彼女の話に引き込まれて記録するのを忘れたほどです。それでも1人でも多くの人に彼女齲の主張を知って欲しいとと思い、メモと記憶を頼りに書き上げました。彼女に対する敬愛は今もその時と変わることはありません。
もう一編は2018年4月に書いた『こんにちわ赤ちゃん  その2」の中に書きました。
林真理子の対談(マリコのゲストコレクション)からもう一つ
週刊朝日の2018年01月19日号で野田聖子総務大臣との対談が掲載されました。9月の総裁選に立候補されますかと質問されて野田大臣は、「大切なことは総裁になることじゃなくて、ずっと戦い続けることだ・・・」(この持続する闘争精神が彼女の持ち味・・・筆者追記)
少子高齢化 人口減少 に対する危機感も少し話されました。そのことに対する危機感は同感です。同感ですが、残念に思うことは「出産」と言うことに対するアピールがなかった。「子供を産みましょう」と呼びかけましょうという訴えがなかった。
北海道の上土幌町の試みを紹介されました。 ふるさと納税で大成功した。少子化対策に集中的に使い「子育て少子化対策夢基金]を創設した。町の認定こども園に来る子供は全員無償。子供を預けて働く→余裕が出来るから又産む。近隣からも移住する人が増えて、人口がどんどん増えていって、奇跡のV字回復をした。
これって、本当の少子化対策ですか。・・・筆者の感想(隔靴掻痒的な考えじゃないかな)
 3人目を産んだらクーポンでお祝い金、助成金を出す自治体はあるが、額は少ないということも話されていました。
林真理子は
  信念の女性(ヒト)ですね。 強くて可愛くて情に脆い。義理堅い。そして誰にもエバラズ親切
こんなふうに対談後の感想を書いていました。
そして
野田総理誕生は日本が大変貌できる大きなチャンスだと想います。

たった1人の応援
自由民主党の総裁選挙の投票用紙には『野田聖子』と書きました。

私の考える人口問題の解決策
妊娠・出産の医療保健適応
  妊娠・出産は病気ではない。生理現象であるという事で疾病を対象とした医療保険の適応外になっている。だったら『枠』を外せばいい。
新しく『妊娠・出産医療保険』を創設すればいいのだ。勿論、収入の多寡に拘わらず全額無料です。『国の宝』を産んで貰うのだから当然です。

選択的『夫婦別姓』
 私もこの前までは反対でした。しかし、夫婦のどちらかの姓を選ばなければいけないという国は世界中で日本だけという事実を知って己の寡聞を、了見の狭さを恥じています。
結婚をするということと姓を統一すると言うことは全く別の事柄ですね。

経口中絶薬の解禁
 世界中で経口薬の中絶がごく普通に行われています。勿論、中絶が許されている国でのことです。日本は私が医学生だった45年前と同じ手段で掻爬→中絶が行われている。

                                           令和3年9月25日  脱稿

9月29日

1ヶ月間に及んだ自由民主党総裁選挙は岸田文雄(62歳)の勝利で終わった。

個人的には自由民主党岐阜県連の会長であり、その主張に私の思いと相通じるところが多い野田聖子候補を応援してきた。最初は推薦人20人の確保が難しいとさえ言われていた。それがどうにか4番目ではあるが立候補に漕ぎ着けられた。4回目の挑戦である。そして選挙責任者に渡辺猛之参議院議員が就任した。猛之議員は八百津出身であり、私のお気に入りの議員さんである。
何度も開かれた公開討論会でも野田聖子議員の主張は際立っていた。森友問題にも切り込むと繰り返し言い切った。人口問題にしても言葉を並べただけではなくて、実情を踏まえて何が問題なのかを明確に指摘してきた。言いすぎじゃないのとハラハラするほどだった。
 投票日、前日には推薦人の議員にも他陣営から切り崩しが激しい。ひょっとすると国会議員の票は20人を下回るのではないかとすら言われる様だった。
空けてみると結構、予想以上に善戦した。総得票数762のうち63票を獲得しました。(議員  34票、 党員 29) 議員票が多かったのが嬉しかった。
充分に存在感を示すことが出来た。彼女の口癖である『戦い続けていることが重要なのです』そのものだ。
一夜明けた今日のインタビューでも『このスタイルを続けます』と明るく高らかに宣言していた。
聖子ちゃんの一番の特徴は喋る時の口です。今流行の口角を上げるのではなくて、どちらかと言えば唇を前に突き出します。わたしは「たこ口の野田聖子』と悪口を言っています。予備校東進ハイスクールの教師「林修」の喋る時の話し方に似ている。

選挙結果
第1回目
トップ  岸田文雄  2位  河野太郎   3位 武市早苗  4位 野田聖子
トップは誰もが河野太郎だと思っていたのですが、1票差で岸田さんに軍配があがりました。議員票は岸田>武市>河野>野田だったのです。
国会議員の中に河野アレルギーが強いことが示されました。
決選投票
大差で岸田さんが河野さんに勝ちました。
安倍色VS反阿倍色 は 安倍色の大勝に終わりました。阿倍さんは最強のキングメーカーに君臨するだろう。

河野さんの煮え切らない態度に国民の大半は大きく失望した。
原子力発電反対・脱原発を掲げて欲しかった。
安倍政権の影の部分(森友問題・桜の会)も、調べるべきだ。国民に報告する義務が私にはあると力説すべきだった。両方とも口を閉ざし、曖昧に終始した。曖昧のままだったが、彼に批判的な議員は『嘘つきの河野』『二枚舌の河野』に映ったことだろう。余計に評価を落とした。
おじいさんからの悲願の成就寸前だったのだが、『時に利がなかった」。

まだ、50台だ。残り時間は沢山ある。実行力のある政治家です。期待しています。


 

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