佐藤クリニックロゴマーク

アルコール依存症を語る その1

アルコール依存症を語る

酒は飲むべし飲まれるべからず

酒は(で)身を滅ぼす

 

タバコのことにつては昨年(平成28年12月から29年01月)の「お知らせ」でかなり私なりの意見を述べたつもりです。

では、アルコールについてはどうでしょうか。

日本全体で、アルコール依存症患者は約90万人と推計されている。その中で実際にアルコール依存症として治療を受けている者は,5万人程度に過ぎません。その背景には日本は、日本人は飲酒に対して寛容である。大失態をしても「酒の上の粗相」として大目に見てしまう。ややもすれば、酒の上での失敗、失態、として見過ごされすぎている。飲酒運転に対しては非常に厳しくなったが、その他の一般的日常生活では「あいつは酒癖が悪いからなぁ」「酒で身を滅ぼしたね」と半ば受容し、半ば諦めている。

その根底には、日本人は民族的にアルコールに強くない。遺伝的に分解酵素が少ない。アングロサクソン系、ラテン系等と比べれば問題にならないと思ってきている。が、戦後生活が豊かになり、お酒類も安価に自由に飲めるようになった。こんな野放し状態で良いのでしょうか。

 自動販売機で、コンビニで24時間お酒を販売している国は日本だけだろう。

アルコールには二面性がある。「ジギル士とハイドル氏」ぐらいの大きな差違がある。

アルコールの長所・短所をもっともっと啓蒙すべきである。

 今回は、そんな思いから筆を執りました。そしてあるエピソードがきっかけだ。

註 1

自動販売機は 午前5時から午後11時まで利用できます。

コンビニはまるで無法地帯です。身分証明書の提示が必要なはずですが、フリーパスでした。勿論、私は68歳ですから求められるはずもないか! 大学生の次男に聞きましたが、何故そんなことを聞くのだと言わんばかりの顔をされました。 ハローウィン・パーティーの時の外国人の大バカ騒ぎも深夜でも朝までもお酒を飲んでお祭りを楽しめるというお国柄が大きく影響されているのではないかと思います。

 

註 2

心配になって調べてみました。

米国では各州ごとに決まっているようですが、カリフォルニア州では午前2時から6時までは販売が禁止されています。英国では販売店、飲食店共に午後11時で終了。

ドイツでは午後10時から午前5時まで販売禁止です。居酒屋やレストランは別です。

私の古い、大昔の経験ではウィーンでは午後10時以降は居酒屋でもオーダーストップでした。

 

「酒癖が悪い」と「アルコール依存症」 

アルコール依存症と、酩酊時に問題を起こすということとは異なります。それは「酒乱」であって、依存症とは違います。不覚にも酔っ払ってしまって問題を起こしたとしても、たまにしか飲酒しない人はアルコール依存症ではありません。逆に飲酒時に周りに迷惑をかけなくても、飲酒がコントロールできなければアルコール依存症です。むしろほとんどのアルコール依存症の人は、孤独に、罪悪感に苛まれながら酒を飲んでいるものです。

 確かにこの記載の通りだと考えていた。

 

しかし、「アルコール依存症WHOチェック・シート」で私の飲酒状況を客観的に判断してみると

12点/40点満点  中程度の問題飲酒です。

20点以上でアルコール依存症が疑われる飲酒です。

これはやばい!!

酒癖が悪い。酒乱ぐらいだと思っていたが、治療すべき状態だったりする。積極的な啓蒙が必要だと痛感する。少し不安を煽る書き方をすれば、どこからがアルコール依存症で、どこまでが大酒飲みかという線引きは、はっきり出来るものではありません。しかしアルコールが依存性のある薬物の一種である以上、飲酒をしている人は誰でも依存症の回路がゆっくりと脳の中で作られている。つまり慣れでお酒に強くなる。摂酒量が多くなる。そんな飲酒をしていれば、誰もが依存症になる可能性があるということです。

エピソーソ  1

古くからの友人A君が私の診療室の門を叩き、顔を出したのは、数ヶ月前(平成29年3月)の終わり頃だ。無類の酒好きだった。酒好きというよりも飲み始めると終わりがない。書けばこういうことだ。酒癖が悪い。仲間が集まって酒宴を開こうということになる。A君も呼ぼうと声を掛ける。会の名前は何でもよい。常套手段は「八百津レバ・トレ会」である。乾杯を繰り返し、酒をつぎ合って杯を重ねる。家庭のこと、仕事のこと、ドラゴンズを始めとするプロ野球のこと等を話題にしてお酒を楽しく飲む。彼も最初は仲間の話の輪になって飲んでいるが、時間が過ぎ、会をお開きにしようかという時間になると「まだ飲む」と言い始める。力み始める。幹事は説得したり、解散後数件つきあったりと大変であった。何時しか疎遠になっていた。

外来受診時には奥さんが一緒だった。

「お酒が止められないんです。」

「何とか立ち直らせたいのですが・・・」

「佐藤先生の処なら行くというので連れてきました。」

「5年前の飲酒運転で運転免許取消処分を受けています。」

「5月に再取得が解禁されます。」

「運転免許書を取って欲しい。取らせてやりたい」

椅子に座ってもらい話を聞き始める。診察を始める。

「オャ! !微かに臭うぞ」これはアルコールの匂いだ。「今朝も飲んできましたね。」 という私の質問に下を向いている。奥さんは、「えっ! 私の知らない間に・・」と絶句している。「家のあちらこちらに隠してあるのです」「1日中監視している訳にも行かないし・・・」「余り言い過ぎても反発から却ってお酒の、焼酎の量が多くなるので・・」 依存症の人はアルコール度が高くて余り香りのしないものを嗜む。

 八百津町は20年ほど前からアルコール・セミナーを定期的に開催している。出席をして相談しましたかと尋ねる。奥さんは「行きたがらない」と言い、彼は「絶対に行かない」という。

アルコール依存症は各務原病院の天野先生が専門ですよ。先生に相談すれば「自助グループ」への紹介もあるだろう。勧めますと言っても首を縦に振らない。

 診察を進める。腹水はない。肝の腫大もない。黄疸もなさそうだ。 羸痩もそれほどでない。

彼の自尊心を刺激し、彼の希望を受け入れる。この一つの導線は運転免許の再取得だと思う。ここを強力にプッシュしよう。

取り敢えず、肝機能の検査をして2日後の再受診を指示する。

何年振りかのアルコール依存症の患者さんだ。これまでに経験した患者さんは、既に肝硬変がかなり進行した、肝不全に近い患者さん達だった。食欲は殆ど無い。アルコールは止められない。腹水が貯まり黄疸も出現している。アルコール依存の治療と言うよりも肝不全に対する治療が主体だった。A君はそこまで行っていないようだ。

最近の治療法も調べてみることにした。

 

2014年から日本でも新しいアルコール依存症・断酒補助薬」が発売されていました。それはレグテクトという薬でした。

レグテクト(アルコール依存症 断酒補助役) の作用機序

 レグテクトは、飲酒欲求を減らす作用を持つおくすりです。かんたんに言うと「お酒を飲みたい気持ちが減るおくすり」ということです。これは非常に画期的な作用で、2014年現在、飲酒欲求を抑えるおくすりはレグテクトしかありません。アルコール依存症の患者さんは、「お酒を飲みたい」という飲酒欲求をどれだけ我慢できるかが治療の全てです。飲酒欲求を減らすことができれば、治療成果の大きな向上が期待できるため、レグテクトはアルコール依存症の救世主として期待されています。

これまでは、抗酒薬というものが主体でした。代表的なものがノックビン(一般名:ジスルフィラム)、シアナマイド(一般名:シアナミド)と呼ばれる薬剤です。しかしこれらの抗酒薬はレグテクトとは違い、飲酒欲求を減らすというはたらきは持っていません。抗酒作用は、こんなふうです。「アルコールが体内で分解されないようにする」という働きをもっています。アルコールを分解解毒するにはアルコール分解酵素とアルデヒド分解酵素が必要である。これらの酵素のうち、アルデヒド分解酵素の働きをこの2種類の医薬品が阻害します。そして、アセトアルデヒドの血中濃度が上昇します。アセトアルデヒドの濃度が高いと頭痛、顔面紅潮、発汗、頻脈、動悸、血圧低下、悪心、嘔吐等の症状を伴うアンタビュース作用を呈します。服用中にこっそりと、ひっそりと飲酒をすると、地獄の苦しみが待っているということです。だまし討ちみたいな薬です。お酒は飲みたくてしょうがない(その欲求はこの薬剤では制御出来ない)。が、飲むと拷問的なアルコール地獄が襲ってくる。その繰り返しで「断酒」を指導していきます。

註  3

シアナマイドとノックビンの発見のエピソード

 シアナマイドは肥料として用いられる石灰窒素に含まれているカルシウム・シアナミドから導き出された物質である。肥料工場の職員が酒に弱くなるところからその抗酒作用が発見された。1914年のことである。シアナマイドは、アルコール代謝過程のアセトアルデヒドから酢酸に至る反応を触媒するアセトアルデヒド脱水素酵素の働きをブロックする。そのため極少量の飲酒でも、直後に顔面紅潮、血圧低下、心悸亢進、呼吸困難、頭痛、悪心、嘔吐、めまいなどを起こす。

 ノックビンは、タイヤ工場で用いられていた薬品で、その抗酒作用については、1948年にヤコブセンが発表している。シアナマイドと同じようにアセトアルデヒド脱水素酵素の働きを押さえる。そして、呼吸困難、心悸亢進、顔面紅潮、悪心嘔吐、血圧低下、めまい、脱力、視力障害などを起こす。このような反応はシアナマイドよりやや遅いがその作用は強い。

この2剤は極論をすれば「毒をもって毒(アルコール)を制する」薬剤である。

註 4  

その他の抗酒作用のある薬剤

セファロスポリン系抗生物質(シオマリン・セフメタゾン・セフォペラジン)

が発売された時、アンタビュース作用のことが話題になった。

これらの薬剤を投与中そして投与終了後72時間以内に飲酒をすると、激しい頭痛・顔面紅潮・発汗・動悸・吐き等のアンタビュース作用が現われる。アルデヒド脱水素酵素(ALDH)の阻害によるものであると説明を受けた。患者さんには投与後説明をしたが「お酒を控えなさいね」ぐらいに受け止めるケースが大半だった。次回受診時にそのエピソードを何例か聞いた。

30年以上前のことである。抗酒薬として使われることはない。

その後のA君

生化学検査と画像診断で肝硬変と診断した。黄疸・腹水は認められていなかった。HB(-) HC(-)

現在禁酒状態が続いている。レグテクトは勿論服用中である。

何とか断酒をして運転免許書も再取得した。一安心だが、レグテクノの服用期間の期限が9月に迫ってきた。

エピソード 2

この項目の記事を書いている7月の下旬に、包括支援センターから相談があった。

64歳 ♂ 食欲不振  アルコール依存  体重減少

母親と2人暮らし(母親は現在介護施設に入所中)

 「最近、酒を手放せなくなってしまった」という話を担当者から聴取し、カルテを見ると飲酒歴は長い。飲酒量もかなり多いようである。これまでに痛風の治療しているが、依存症との診断には至っていなかった。私自身の反省として医師として無関心だった。

往診をすると、アルコール漬け状態であり食生活がかなり乱れていることは一目瞭然である。精神的にも困惑していることが覗える。各務原病院での入院治療の必要性を説明するが、聞き入れない。「俺には俺の都合がある。」の一点張りである。押し問答の結果の妥協策として、次のように約束した。

2週間のレグテクトを処方します。禁酒を守って下さい。その期間中、包括、民生委員、そして私が観に来ます。飲酒が判明したら、私は、佐藤クリニックは治療を止めます。外来治療の対象外です。入院治療を受けて下さい。

 今日の午後(23日)連絡する。まだ、治療は始まったばかりで即断は出来ないが、お酒は飲みたくないそうである。ただ、食欲がないとの返事だ。全身倦怠感も強い。服薬を止めてお酒に逃げる可能性は否定できない。カリウムとチアミン(ビタミンB1)の補給も続けよう。

 エピソード  3

続く時は続くものである。私の父方の親戚に当たるおじさんである。72歳。♂

高血圧と痛風で治療中であったが、今年に入ってから真っ直ぐ歩けないことがよくある。犬の散歩にも行けないという。歩行状態が不安定だという訴えがあり、木澤病院で頭部MRI検査を受けた。小脳の萎縮が少し認められた。神経内科を受診。その結果が2日前に届いたのだが、アルコール性小脳変性症疑い。家族の話ではアルコールの量が多くなりつつあるとのことである。何度も一緒に飲食したことがあるが、お酒は勧められるままに飲むが、乱れた所作や、暴言を吐くことを聞いたこともない。お酒の好きなおじさんぐらいに捉えていた。早速、WHOの「アルコール依存症チェック・シート」をやって貰う。

かなり高得点だ。

おじさんの言い分は、「先生! 俺も年だからそう飲めんわ」

「昔の半分飲むだけ」

「寝られない時には、余分に飲むが・・・」

これ以上の症状の進行を防ぐ為には積極的な治療が必要だ。

奥さんにも相談する必要がある。困った。

アルコール依存症の患者さんには、貧血や低蛋白血症が多い。飽食時代の栄養失調症といえる。また、合併症として脂肪肝,肝炎,肝硬変,膵炎,膵石,糖尿病などの消化器疾患が最も多い。アルコール性心筋症もある。慢性的なアルコール常用者で意識障害を認めたらウェルニッケ脳炎を疑わなければならない。その折には、糖質だけの投与ではなくビタミンB1(チアミン)の大量同時投与を必要とする。アルコール性多発神経炎では、四肢端に始まる知覚障害や筋萎縮や筋力低下が認められる。ルコール性小脳変性症では、失調歩行が高度化して外反膝に至る例もある.大腿骨頭壊死や骨粗鬆症も多い.

エピソード 4

意外と、アルコール依存症、或いは依存症とまではいかないまでも飲酒にまつわるトラブル・事故で苦労している人(そしてその家族)は、想像以上に多いようだ。

専門医の診察を仰ぎ、自助グループ(例えば AAであり 禁酒グループ)に加入し、グループの仲間とのブレイン・ストーミングを通して依存症の恐ろしさを知り、自分が陥っていく悪循環を断ち切るのがベストです。

が、地理的に、時間的な物理環境の問題、或いは己の病態に対する認識のずれなどから、受診することを受け入れない患者さんが多いのではないかと思っている。

それならば、私達、一般開業医は次善の策を選日、初期治療を開始しましょう。脱落症例もきっと多いと思います。そのことが、患者さんに専門的治療の必要性を認識させるきっかけになれば良いのではないでしょうか。その考えを示すのがこの原稿の命題です。

あくまで原則は

アルコール依存症を克服するには、断酒をするのが基本です。節酒はダメです。

ただし、一人で断酒するのはなかなか困難なことですので、自助グループに参加し、ブレーン・ストーミングを通して仲間と一緒に治療するのが必須です。

また、家族の、配偶者の理解が、一番大事です。重要です。自助グループなどに相談のうえ、アルコール依存症についての知識を学び、一緒になって治療するのが基本です。

註  5

AA アルコホーリク・アノニマス(問題飲酒者の匿名集団)

  参加資格は飲酒をやめたいという願望だけである。 AAは会員制ではなく、入会手続きや会費もない。また姓名を名乗ることも連絡先を教えることも一切明かさないこともその人の自由である。ミーティングを通して禁酒を続ける匿名の集団。日本でも、あちらこちらでミーティングが毎日のように開催されている。

コンピューターのハッカー集団にもアノニマスを名乗るものがあるが、全く関係ない。

アノニマスとは、名前がないというギリシャ語(an- (英: without) + ónoma (name)からきている。語源である

 (2006年1月現在、世界160弱の国と地域で220万人、日本では5,000~2,500人のメンバーが飲まないでいると推定される)。

                                    平成29年7月23日 脱稿

 

人 酒を飲む

酒 酒を飲む

酒 人を飲む

 

 

電話・FAX

TEL.0574-43-1200
FAX.0574-43-9050