佐藤クリニックロゴマーク

八百津だんじり祭(その1 7年間を振り返る)

成30年  木野組

 

 山からげと試し引き    3月25日(日曜日) 暖かい

当本は大山久  組世話役 金子・曽我さん 

 快晴・サクラはつぼみ膨らむ(大舩神社)だんじりは味噌平醸造の駐車場に格納された

阿弥陀坂はうしろやまから降ろし、そのまま木野まで引き上げました。

八百津のだんじりは観ると、まず、その大きさにも度肝を抜かれるだろう。が、だんじりを固定ししっかりと締め上げるのはフジ蔓を使っているところにも特徴がある。非常に弾力性に富むので、木組みの、がたい(図体・体格)の大きな大重量のだんじりが疾走してもその衝撃を吸収出来るようになっている。そして、そのフジ蔓であるが、本郷組は立ちフジを使い、芦度と黒瀬は寝フジを使う。立ちフジの方が色鮮やかで綺麗である。が硬い。加工が面倒だ。寝フジは表面が汚れているが、弾力性に富み使いやすい。

 試楽祭  4月7日(土曜日) 第一土曜日  最低温度  3度ぐらい

 

午後3時に八百津大橋に三台が揃う(写真提供 佐合恭平)

寒気団の南下で寒い1日でした。雨を免れたのだから寒さぐらい我慢です。

本郷組の当本組は木野 当本さんは 大山久、黒瀬は港町、芦度は八幡です。例年事故がつきもののお祭りあるが、今年は芦度組の16人衆の梃子衆の1人が右足の負傷をした。

黒瀬組はカーブミラーに「みのさき」が当たった。

上石原の夜の懇親反省会に飛び入り参加されたのは、「泉大津濱八丁だんじり祭」の著者である若松公平氏とそのお友達である。若松さんはJFEの副社長を務められた方である。68歳。 だんじりは西日本を中心に3000台余りある。 八百津だんじりが東の端だと教えて貰った。本当に大きなだんじりですねと驚嘆しておられました。本楽の日に色々話をしましたが気さくな方でした。

2番目のお祭りを探し歩いています。

「何?」「何?」

自分が子供の頃から観てきた、経験してきたお祭りが一番でしょう。それを変えることは出来ない。だから、2番目を探しているのですと・・。

個人的な状態

準備が間に合わなかったので、藍染めの袢纏は着用しませんでした。猿股も履きませんでした。スニーカーのままでした。

本楽祭 8日(日曜日)    第二日曜日

 

午前11時、役場前に三台が揃う(写真提供 佐合恭平)

 

阿弥陀坂から境内に入るところです。本楽 午後0時20分

 

最低気温 3度 日中も気温上がらない。久田見では桜吹雪と天候の吹雪の二重吹雪だったそうです。同様の日程で岐阜市、犬山市、美濃市等近隣でお祭りが開催されるので、人出が心配されたが、例年通り賑わった。露天商がチョット少なかった。鶏肉の唐揚げ、たこ焼きの前には行列が出来たが、「カキ氷」の前はひっそりとしていた。明暗を分けた。

三勝屋・十六銀行の角の回転は往路復路共に見事な引き回しさばきだった。

この祭はサクラの花は、全く主目的ではないが、完全に散り果てており、町中葉桜状態だった。

 

平成29年   下石原組

解体作業       2月05日

 心棒を取り替える。  1日掛かって解体して組み立てる。

保険の変更

 ミズノ保険事務所が契約更新を拒否。新しい契約は保険料も安いが、保証も下がった。

十六人衆と世話役の半纏を新調

藍染めの素晴らしい袢纏になりました。費用は、90数万掛かった。纐纈美穂さんの友人で伊岐津志の塩口出身で横浜在住 山田あつこさんの尊い浄財でその費用をまかなうことが出来ました。纐纈美穂さんのご主人は前年度、上石原の当本を勤められた纐纈清一さんです。     

 

山がらみと試し引き  3月26日(日曜日)  雨がしとしとと降りました。

前夜祭        4月01日(土曜日)    雨で中止

試楽祭        4月8日(土曜日)

雨が降りました。一日中雨が降り続きました。

本郷の当本組は下石原 当本は太田邦夫(時計屋) 副当本 臼田毓己 組世話役 奥村(古鉄症)と佐藤(左官屋)  芦度 当本組は大宮 

上石原自治会からはお囃子に青木 茂雄と金子敏也が、十六人衆に臼田晋哉・圭介兄弟が助っ人で参加。

本楽祭  4月09日(日曜日)

 朝雨が上がる。暖かい絶好のお祭り日和です。小出さん夫婦(中日新聞社長と美尋さんの実姉)が5年振りに参加されました。十六銀行から本郷組のだんじりと一緒に大舩神社まで登りました。山おろしの時は黒瀬のだんじりと一緒にくだって三勝屋の交差点の左折を楽しみました。「カッコウツアー」が今年度から企画され、観光バスが2台来ました。

桜は散り始めていました。

 

平成28年    上石原組

山からげと試し引き  3月27日(日曜日)  

              快晴    結構寒い朝

当本組当番自治会です。統も真夜中に帰ってくる。

0730分 当本の纐纈清一さんの挨拶で始まる。臼田副当本がてきぱきと指示を出し、順調に進む。私は若い衆にフジ蔓の結び方を、コツを教えながら後山のフジ蔓掛けを担当しました。幟は、先週建てた。フジ蔓も必要分を結んで準備した。短時間で、午前中に全てが終わると思っていたら、あれこれと不都合が出てきます。フジ蔓のかけ方がおかしいと指摘があり、編み直す。4時になってようやく動きました。阿弥陀坂を慎重に下り、軽いカーブの下り坂を試しながら荒川橋東の交差点を左折します。

統は3回目の「後押木」担当です。これだけの運行で足の裏の皮がむけてしまった。陽は始めての十六人衆、「後梃子」です。岩井和久君と組みました。

 

前夜祭    4月8日(金曜日)   

チョット幻想的な雰囲気の演出でした。食べ物も、飲み物も美味しかった。林俊宏・伊藤義則両世話役のご努力に感謝あるのみです。とっても素敵な夕べでした。

試楽祭    4月9日(土曜日)   絶好の祭日和です。

佐藤クリニックは5年に1回の特別休診日です。大舩神社をのぼり高砂橋の手前までだんじりを引き上げます。5年前は大雨でした。あの雨の中ををだんじりを引っ張ってくれた本郷組仲間に改めて感謝の気持ちです。今回の私の担当は綱先の進行係です。そしてお祝儀係です。午前中の運行をつつがなく終わり、午後は本町の往復、そして三勝屋の左折から始まります。ここが最初の関門です。今日の調子ならば、「問題なくクリアー」のつもりだったが、なんとだんじりは曲がりきることが出来なくて十六銀行のATMコーナーに激突してしまった。進行方向右側の押木でドアーをぶち破ってしまった。圭介君は危なかったのだが、咄嗟の判断で挟まれるのを逃れた。重大事故にならなくて良かった。当本さんと胸を撫で下ろす。押木衆と梃子衆と綱を引く衆の呼吸がピッタリと合わないと曲がれない。躊躇いも誤差も赦されないところだ。

 

本楽祭     4月10日 (日曜日)

実は、この時、腰椎椎間板ヘルニアの痛みは、極期に差し掛かっていた。

昨日もゆっくり歩いていれば痛みとしびれはコントロール可だったが、1日歩き終わった夜は痛かった。激痛に襲われていた。今朝は鎮痛剤を許容量服用して歩き始める。

昨日の事故のことがあるから、みんなの顔にも緊張の面持ちが表れている。どんなにセーブしていても綱につかまる人が多いと制御不能になるからだ。そんな不安をよそに、往路も、復路も実に見事に華麗に曲げ舞った。前山がぐるっと90度曲がり正面を向いて、一気に向かってくる姿は圧巻だね。圧倒的だ。代官所前で三台が揃い、謀反や一揆の集会でないことを確かめてもらい、黒瀬組お囃子が「では」を奏でます。それが奉納に向けた合図です。腰の根本的な痛さという個人的な問題をのぞけば、素晴らしいお祭りでした。

ブラボー

 

平成27年    宮嶋組

当本組は宮嶋 当本は纐纈勲さん、副当本は野村さん、組世話役は佐合雄治君と佐藤(瓦屋)。

この年の「山からげ」と「試し引き」は義母の米寿のお祝い会があり欠席しました。

朝少しだけ顔を出しました。

 

試楽祭    4月11日(土曜日)曇りのち晴  気温上がる

 午後から参加しました。時間がどんどん延びてしまい、「古彦商店」に戻ってきたのは

午後5時近くでした。

 

本楽祭    4月12日(日曜日) 晴れ時々曇り             タケノコ最盛期

宮嶋から山(だんじり)を受け取る日です。

朝は、9時30分に古彦前に集合。陽も参加。

やがて、役場に向かって出発です。

見事に左周り(反時計回り)を始めすぱっと方向転換です。十六銀行にもぶつかることもなく、ばっちりです。坂崎の前での360度回転も一発です。見事の一言です。されど、サクラは全くありません。代官所跡から大舩神社までは一気に上がれました。声を出して、懸命に引っ張りました。

芦度・黒瀬共に完璧ですね。午後3時過ぎに2つの山が神社を下っていく時の様は本当に絵になりますね。

文鈴の信幸先生が世話役の世話役を務めておられました。堂庭でも回転の折には、平岡時夫さんが指導していました。こうした古老の、経験者の貴重な体験が新しい知識になり、この祭を盛り上げるのだと思う。

最後に、本郷のだんじりが降ります。そして宮嶋からだんじりを受け取りました

夜は「公民館」でチョット気の早い出陣式

「宜しくお願いします会」を開催しました。勿論5年前にもやりました。

私が、前回の当本の私が乾杯の音頭を取りました。5年前のこの会での当本としての決意を振り返り、4年前のお祭りの御礼を述べました。そして、新しい役員さんが新しい歴史を刻まれる。心から応援したい。そんなことを喋りました。また、頭巾女子にエールを送りました。

ビール1ケースとノンアルコールビールを祝儀として出しました。

美穂さんに本を褒めて貰いました。覚えていてくれたんだ。嬉しかったね。

今日からの一年間、だんじりは俺たちのものだ。

 

平成26年     竹井組

山からげと試し引き   3月30日(日曜日)

朝から雨でした。  結構激しく降りました。  試し引きはなし。

当本組は竹井 当本は佐合保二君 組世話役  佐合紀昭 佐藤悦夫

試楽祭      4月12日(土曜日)

快晴のお祭り日和です。診療の合間にだんじりを観に掛けだしていく。 9時少し前に芦度が登ってくる。40分頃降りていきました。1045分  黒瀬組が登ってくる。 11時ちょっと前に本郷組が降りてくる。古彦商店の前ですれ違っています。 黒瀬組が降りていったのは11時30分過ぎです。

午後から参戦する。明日、掛川新茶マラソンに参加する太田・吉田・山口も参加する。八百津大橋まで行き、竹井まで引き上げると4時です。そこから、掛川の「つま恋」到着は1830分。

 

本楽祭     4月13日(日曜日)

今年は掛川新茶マラソンに参加したので、お祭りの本楽祭は不参加です。

因みにタイムは4時間38分でした。山口君と一緒にゴールインしたのですが、最後は引っ張り上げて貰い、待って貰い、叱咤激励されながらでした。

 

 

平成25年     木野組

山からげと試し引き   3月31日(日曜日)

   花曇り(五分咲き お祭りは葉桜だろう)   午前中に一時雨降る

当本組は木野 当本は古田忠佑さん

3時から試し曳きの手伝いに行きました。3時ジャストに動いたのでちょっとビックリ

桜は4月3日頃満開を迎える。

町会議員の林俊宏町会議員と話す。

八百津高校生をだんじり祭りに参加させるプランを去年から始めた。町内の参加者の高齢化、どうしても若い力が必要だ。そして、高校生に八百津だんじり祭の楽しさを、面白さを分かって貰いたい。その趣旨には賛成してきた。応援してきたつもりだが、結構反対が多い。去年は本郷(当本組は 下石原)が受け入れてくれた。今年、本郷(当本組 木野)は自分達のこれまでのやり方でやると拒否された。黒瀬組は受け入れてくれた。芦度は今のところ前向きの意見はないのが現実だ。

 

平成30年のお祭りでは、本郷組と黒瀬組は受け入れいれています。というより高校生大歓迎です。彼等の馬力のお陰で動く。その認識が出来た。が、芦度組は受け入れていない。

本郷組で言えば、5年前に拒否した木野自治会も6年間を顧みて、受け入れた。

忘れてならないことは「伝統を守る」ということは「新しいものを拒否する」ということではない。

      「進取の気風があって守れる伝統」

 

試楽祭    4月13日    土曜日  

     朝は寒かったが、絶好のお祭り日和   午後から参加しました。葉桜

 

危うい場面・局面の連続ですね。はらはら、ドキドキです。午後の始まり。西友の坂を下り、大舩神社方向に右折する時に後山の旗が電信棒に激突寸前で止まる。八百津大橋からの帰路、十六銀行の交差点では三勝屋の屋根を擦りました。

それくらいの「だんじり交通事故」はいつものこと。日常茶飯事である。木野が当本の時に多いと言うことではありません。本郷のみならず、芦度のだんじりも黒瀬のだんじりも「コツ・コツ・コッツン」「バリ・バリ・バィー」と毎年繰り返しています。所詮曲がらないものを、物理的に回らないものを無理繰り回しているのだから思わぬトラブルは有って当然なのだ。それがちょっとスリリングでエキサイティングなんだよ。病みつきになってしまう。たまたま記録が残っていたのでこの年に記載しただけです。

これだけ事故が多いので保険には入ります。物損と人身事故を対象とした保険です。

平成29年頃にこれまでの保険屋さんから断られました。持ち出しが多くて毎年大きな赤字だと契約更新を拒否されてしまいました。現在は新しい保険屋さんと契約しています。

交通事故の任意保険と同じですね。事故をする度に等級が下がります。きっと1等級(64%増し)ぐらいなのでしょうが、それでも保険屋さんは「イヤだ」という。

 

平成24年     下石原組

山からげと試し引き   3月25日(日曜日) 荒天   雨・雪・霰   最高7℃

当本は下石原  当本は臼田紘壱(東光土建)さんです。

一日中寒い日でした。私はこの日は八百津坂→久田見→福地→潮南→人道の丘→我が家のマラニックをしました。ゆっくりですが余り歩くこともなく(歩くと寒くて体が震える)しっかりと走れました。0730分に出発して帰ってきたのが1300頃です。

一休みして、試し引きに参加しました。疲れ切っていたので、綱につかまっていただけですね。

 

理性の感情は愛である

     ロマン・ローランの言葉

 

愛はそれが自己犠牲であるときのほかは、愛の名に値しない。

     ―「トルストイの生涯」―

 

試楽祭     4月7日(土曜日)

         快晴だったが午後からは晴れ・・風があり寒い

本郷が登っていったのが8時30分前である。

芦度9時前に上がり、降りてくる。

1100分に黒瀬が上る・・・古彦で入れ違いをして先に本郷が降りてくる。

そして黒瀬が降りて午前中が終わる。

午後は装束を揃えて参加しました。

寒い・寒い・・風が強くて八百津大橋には並びませんでした。

6年前(上石原当本組)にもそんなことがあった。

黒瀬で転倒事故があり、助け出そうとした市岡世話役が小指を骨折した。

 

本楽祭     4月8日(日曜日}  快晴  朝は冷え込むゼロ或いはマイナス1℃

 中日新聞社長小出宣昭夫婦を招待して八百津祭りを楽しむ。 

美濃加茂支局の安藤恭子記者も参加。役場で落ち合い、町長の公務室で町長さんと逢いました・

みんなでお茶を飲み愉しい時間を過ごしました。三台のだんじりが揃うのを見物しました。そこで、芦度が本郷のだんじりにより過ぎてNEAR MISSを犯す。ここは玄人、だんじり祭を知るものにとって一番の醍醐味の瞬間なのだ。薄皮1枚残して縦列駐車を試みるのですが、さすが、芦度と思う年とビビったねと思う年がある。今年はスピード、角度、全てで満点だったが、終わってみたらちょっと寄りすぎだった。でも素晴らしい。前押木の転倒事故があったようである。

1100分過ぎに出発・・・綺麗に曲がれました。

チョットスピードが不足ですが、三台ともきちんと綺麗に曲がった。

代官所前は

1200に出発です。犬山祭りと重なったので露天商は少ないですね。

高校生16名の力はすごいです。阿弥陀坂も何のその、本当に一気に登ってしまいました。

赤飯のおにぎりを貰うと奉納行事は終わりです。

 

わが家でお昼ご飯です。

これはよかった。 美尋の稲荷寿司・・・小栗さんの笹寿司

         かわらやの弁当・・・これがすごかった。

         花盛り醸造のしずく酒を飲みました。

         アサヒビールのノン・アルコールも用意した。  

みんなに大好評です。色々話に花が咲きました。

3時からは山おろしです。

黒瀬のだんじりと一緒に下りました。

 

タカさんの空想新聞記事

          中日新聞の安藤さんに記事を押しつけたのですが、陽の眼を見ることはありませんでした。僅かな光を当ててやることにしました。

 

 

江戸時代の初め頃から続く歴史と伝統ある八百津「だんじり祭り」

 

この町は木曽川の川湊、川交通の要所として栄えていた。その時代から営々とひき継がれてきたのがこの祭りだ。三台の山のような巨大のだんじりが試楽祭に街中を疾走し、本楽祭には大舩(船ではありません)神社に奉納される。普段は可児・美濃加茂市のベットタウン的存在であり、時代から取り残された中世的な面影を残す静かなたたづまいの田舎町だが、春のお祭りには年に一度その町が賑わう。その祭りに参加してきました。

 

こんなふうな書き出して記事にして貰えたら私は感激です。

 

 

もし春祭りの特集を組まれることがありましたら

こんな一文の挿入はどうでしょうか。

 

インタビューした60代後半の男性は「これは面白い、夢中なるね!」「わしゃ毎年来ることにした」とだんじりをひく醍醐味を興奮気味に語っていた。「見るお祭りではなくて参加して楽しむお祭りだ」と当本経験者は人気の秘密を教えてくれた。

 

今年(平成30年)もお祭りが終わりました。

最低限の記録をとどめておかないと何もかもが分からなくなってしまう。

私の日記から、クロニクルから適当に抜粋してこの7年を振り返りました。骨子を書いただけで血も通ってなければ、肉もついていません。手を変え、手段を変えて愉しい記録として残したいと思っている。

私のブログには1人も読者はいないはずですからこんな表現はおかしいが、期待しないで下さい。                                                

               平成30年4月11日 脱稿

電話・FAX

TEL.0574-43-1200
FAX.0574-43-9050